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院長略歴 ―平成23年 医療法人 Smile&Wellness 設立
所属学会・研究会・認定医
―日本顎咬合学会 ―日本歯科人間ドッグ学会
・国際口腔インプラント学会認定医 ・日本顎咬合学会認定医 ・歯科医師臨床研修指導歯科医 ・日本糖尿病協会歯科医師登録医 ・USC南カリフォルニア大学客員研究員 ・日本歯科医師会認定産業歯科医 |
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| 父、姉、弟とお寺参りでハイ、ポーズ!! |
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| 剣道クラブの仲間達との一枚。ちなみに上左から2人目が私です。 |
この自然いっぱいの信州伊那の地に生まれ小さなころは外でばかり遊んでいました。夏はカブトムシを捕りに山の中を駆け回り、冬は雪が降ると山へ行きソリすべり。父と一緒に竹トンボや竹馬を作ったり、魚採りや沢ガニ採りを教えてもらったりと幼少のころからいつも父がお手本でした。
そんな私が小学校3年生になり地元の剣道クラブに入団しました。最初のころは竹刀で打たれると痛くて痛くて・・・でも、冬のあの冷たい体育館の床の上で同年代の友達と共に過ごした日々は今となってはとってもいい思い出になっております。大会で団体優勝したこともありました。「みんなと頑張るっていいな」と思い始めたころでもあります。
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| 一生懸命泳いでる私です。 |
中学に上がると水泳部に入りました。朝から入る外のプール。寒かったなー。息が苦しいのを我慢して泳いだ日々。「辞めようかなぁ」って思ったこともありましたが、自分で決めた部活。3年間やり通すことにより辛抱強さを学んだように思います。毎日の授業のことはあまり覚えてないのになぜか部活のことははっきりと脳裏に焼き付いています。そんな3年間がすごく楽しかったのでしょう。
高校でもまた水泳部に入部しました。
小学校は1学年1クラスでしたので高校に入って1学年8クラスになったときはすごく周りの人に圧倒されました。小学校では児童会長、中学では放送委員長。それなりに人の上に立ってリーダー的にできると思っていました。しかし、高校では違いました。みんなが中学までリーダー的存在だったため自分の力の無さを痛感しだした時期でもあります。
このころ自分のお手本ともなる歯医者さんに出会いました。小さなころは歯医者の先生って怖いなぁとしか思いませんでした。でも、当時通った先生は違いました。やさしく説明をしてくれいつも笑顔で接してくれて「こんな人になれたらいいなぁ」と思ったのが歯科医師への第一歩でした。しかし、国立大学に行くには頭がないし私立の歯科大学は学費もすごくかかるし八方塞がりの状態でした。そんな中、父に「そんなに行きたいんだったらお父さんも頑張るよ」と言ってもらえたことは今となってもすごくうれしかったことを思い出します。
自分にも将来子供が、いろいろな場面で自分を頼ってくることでしょう。そんなとき、父のような大きな心と器で接することができたらなと思います。やはり、人生において父は非常に偉大な存在であります。
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晴れて大学に合格した私は親元を離れルンルン気分で横須賀に下宿を借りました。当時は6畳一間のアパート。限られた仕送りでやりくりすること、掃除、洗濯、家事など自分でやらなければ誰もやってくれないこと、当たり前のことですが、今までやってこなかった事ができるようになったことは、私にとって大きな収穫でした。
長野の田舎から出てきたということで、なかなか友達に話しかけることができずにいましたが、意気投合するまでにはそんなには時間はかかりませんでした。友達とバカをし、休みはガソリンスタンドでアルバイト、6年間続けた水泳部、今、思うとこの時代の環境、生活すべてが自分の人間形成のなかでかなりのウェイトをしめているように思います。
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卒業後は、神奈川県葉山町の沼田歯科医院で勤務させていただきました。毎日の健康コントロールをし、決して手抜きをせず、あたりまえの治療を痛みがでないようにあたりまえにこなすことなど歯科医師としての基本的なことをしっかりと学ばさせていただきました。勤務をし一年ほど過ぎたある日、スノーボードに行き右腕の靭帯断裂をしてしまいました。転んだ瞬間、「明日からの仕事はどうしよう?」と頭をよぎりました。しかし、時はすでに遅し、当然、次の日からの診療はできません。
院長からは「社会人としての自覚が足りない。いつまでも学生気分でいるんじゃないっ!」と言われ、解雇宣告を受けました。当然のことだと思いましたがどうしてもこの院長に付いていきたい。
今、この院長の元を離れたら絶対に将来の自分の目標とする歯科医師像になれないと思い無理に無理を重ね勤務の継続をお願いしました。どうにか承諾してくださり今度は絶対に同じ過ちを繰り返さない。非常に考え方が甘かった自分を反省しもっと仕事に対してまじめに向き合わなければと思い自分の心の中で何かが変わり始めました。
この事件がなければそして院長が許してくださらなければ今の様にはなれなかっただろうと痛感しているところです。今の歯科医師としての自分があるのは院長の存在なくしては決してありえなかったんだと感謝しても感謝しきれないと思っております。
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4年半の勤務を終え、11年ぶりに信州に帰ってまいりました。開業当初は今思うと未熟な部分があったとは思いますが、患者様方にご迷惑をおかけしながら徐々に成長させていただきました。
削っては詰め、削ってはかぶせの治療からかぶせた後の歯周病のコントロール、虫歯予防、矯正治療等、徐々に予防的な歯科医院になってきております。今後はもっともっと予防に力を注ぎ来てくださる患者様方が一生ご自分の歯で過ごせて楽しい人生が送れるように日々鍛練していく所存です。
「明るく、やさしく、親切に」をモットーに日々診療し一度来ていただいた患者様がまた来たいと思えるような歯科医院づくりを目指します。
あるが歯科クリニック





歯科用CTで歯の中や骨の中まで立体的に見える。



お子様を持つお母様が安心して治療や予防を受けられるように保育士がおります。託児の状況はモニターで確認可能です。ご利用の際にはお電話にてお問い合わせ下さい。
当医院のメディアでの掲載実績です。